演習(大学院ゼミ)の記録
【文献講読】
Peter J. Bowler and Iwan Rhys Morus, Making Modern Science: A Historical Survey, 2nd ed. Chicago: The University of Chicago Press, 2020.
Chapter 17. Popular Science
Science in Print – この節は、科学出版と科学革命および社会文化との相互作用の歴史を振り返っている。著者は、金銭的利益の追求だけでなく、自らの科学思想を広めることも作者たちの重要な動機であり、同時に読者も盲目的に科学知識を受け入れるのではなく、独自の考えを持っていたことを指摘する。17、18世紀には、科学著書はラテン語ではなく作者たちの母語で書かれるようになり、一般の中産階級も科学の読者層となった。また、科学雑誌の隆盛に伴い、科学は文学や社会時事と交錯し、大衆的な読書文化の一部となった。19世紀に入ると、出版体系の整備により、科学著書はより明確に異なる読者層を対象とするようになり、科学雑誌も主流科学から一定の距離を取りつつ、科学に関する評論の場として独立した役割を果たすようになった。20世紀には、通俗的な科学著書は、学術誌以外で科学者が社会に関する見解を発表する場ともなった。科学と文学の結びつきもさらに密接になり、科学の予測や批判を経て、サイエンス・フィクションは独立した文学ジャンルとして発展し、やがて映画やテレビといった新しいメディアにも広がっていった。
科学出版は大衆科学の中で重要な位置を占めるが、単に科学知識を広める手段としてだけでは捉えられない。出版の内容や読者層は時代によって変化し、その役割も知識の普及だけでなく、科学への評論や予測など多岐にわたる。そのため、科学出版を考察する際には、動態的で相互作用的な視点が不可欠だと思う。【徐】
【書評紹介】
Mark Walker, Hitler’s Atomic Bomb: History, Legend, and the Twin Legacies of Auschwitz and Hiroshima. Cambridge: Cambridge University Press, 2024.
Review by Dolores Augustine, Technology and Culture 66 (2025): 575-576.
Mark Walker著『Hitler’s Atomic Bomb: History, Legend, and the Twin Legacies of Auschwitz and Hiroshima』の主題は、ヒトラー政権下の原爆の研究開発史および戦後の責任問題である。戦後に原爆研究の指導者ハイゼンベルクが自身の原爆開発について事実を歪曲した点に、著者は批判を加えた。
評者は、本書がドイツの原爆開発の過程を明らかにし、開発者の目的を示した点で成功したとする。一方で、いくつかの重要な事実が指摘されていないとし、事実の解明には更なる検討の余地があることを示した。
本書評では副題の意味をまったく解説しておらず、これを読んだだけでは本書の全体像が把握できる訳ではないので注意が必要である。アウシュヴィッツと広島が、ドイツの原爆開発とどう関わってくるのか知りたいところである。【武笠】
【研究発表】
「負数と虚数の対数についての歴史」
今回の発表では、負の数や虚数の歴史から、最終的に複素関数を生み出すに至るまでの数学者たちの実在感の変遷についてお話しさせていただきました。特に、16世紀のカルダノやボンベリに始まり、17世紀から18世紀にかけてのベルヌーイ、ライプニッツ、そしてオイラーまで、彼らの業績を辿りながら紹介しました。現在、私が最も関心を持っているのは、「数学者たちが新しい数を生み出そうとする観念はどこから来るのか」という点です。この点に焦点を当て、数の見方が大きく変わる歴史の転換点を調べていくと、新しい数を最初に発見した人が抱いていた数に対する認識が、研究において非常に重要になることを改めて認識しました。今回の発表では、オイラー独自の考察についてまで触れることができませんでした。そのため、今後の課題として、1745年以前にオイラーが数に対してどのような独自の考察をしていたのかを、原典や先行研究を調査し、深く考察していきたいと考えています。【新井】