2022年10月20日

演習(大学院ゼミ)の記録

【書評紹介】

George E. Smith & Raghav Seth,  Brownian Motion and Molecular Reality: A Study in Theory-Mediated Measurement. Oxford: Oxford University Press, 2020.

Review by Robert Hudson, Isis 113 (2022): 678-680.

科学者共同体における実在論論争の嚆矢となったジャン・ペランの実験に関する歴史・哲学研究書への書評。現代的な実在論論争においてペランの実験は言及されることも多いが、哲学的議論とうまく接続できている文献は多くない印象であった。この本は丁寧にペランの実験の背景や詳細を追跡し、最後にみずからの解釈を打ち出して実在論論争に接続させている。実在論論争が単に哲学者同士の問題に収まらず、科学者共同体をも含んだアクチュアルな問題であったことをこの著作によって思い起こすことができると思う。【佐々木】

【論文分析(2件)】

市川浩「ハイム・ガルベル(1903-1937)の技術論 :消された、もうひとつのマルクス主義技術論」『科学史研究』第59巻(2020年),199-213頁.

本論文は、マルクス主義的技術史において、これまで着目されてこなかったガルベルの見解と方法論を再検討したものです。彼の技術に対する見解は、論文ではなく、科学アカデミーに残された研究所会合における速記録に最も独創性が現れていることが印象的でした。他方で、ガルベルが自身の言語素養をもってして、マルクスが使用した言葉の意味を分析した点が詳細に論じられている一方、ガルベルが検討していた非マルクス主義的な見地での論考からの展開がなされていない点は、十分なのか疑問として残りました。【松山】

樋口敏広「「知の交渉」と放射線防護体制の多元性:第二次世界大戦後初期における一般公衆の被曝基準の策定過程」『科学史研究』第54巻(2015年),178-191頁.

本論文は、第二次世界大戦初期における一般大衆向けの被曝基準の策定過程を、これまで用いられていないイギリス側の史料を用いて分析したものです。先行研究が多数存在する領域である「被曝基準の策定」について、大量の史料を通じてはじめて、組織・人双方を横断する形での記述ができることを知り、公文書から記述を積み上げるための姿勢を学ぶことができました。また、「知の交渉」という分析装置の組み立てを通じて史料を解釈する手法が英米科学史圏的な記述であることを知り、今後ゼミでも講読することとなる海外文献を読むうえでの橋頭堡を築くことが出来た点でも、学びとなる論文でした。【N】